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総督邸
クロアチアのアドリア海沿岸地方にある世俗建築で、最も重要なものの一つ・・・
総督邸
それが、ドゥブロヴニク共和国の行政当局であった総督邸です。もともとゴシック様式の宮殿でしたが、再建により、ルネサンス、バロック様式も取り入れられました。
15世紀の間、火薬の爆発により二度も被害を受けました。最初の爆発の後、1435年、オノフリオ・デラ・カヴァにより後期ゴシック様式で再建されました。その時には、中庭と正面の歩廊のある、現在の形になっていました。
柱頭は、ミラノのピエトロ・ディ・マルティーノがルネサンスの様式で制作しましたが、アスクレピオスの柱頭が、歩廊の右の付柱に残っています。1463年の爆発で、西側正面が崩壊しましたが、二人の有名な建築家、ユーライ・ダルマティナッツとフィレンツェのミケロッツォにより、短期間で再建されました。ミケロッツォの設計は残念なことに採用されませんでしたが、正面玄関と歩廊の再建にあたって、彼の影響は大きく、ルネサンス様式が色濃く反映されています。
1667年の地震の後、中央大広間は、典型的なバロック様式の階段をもって、部分的に再建されました。ここには、一か月の任期の総督が住んでいました。宮殿の中には、小評議会、元老院、総督の住まい、裁判所、事務所、公証人役場、牢獄、武器鋳造所と倉庫がありました。
総督邸から大評議会宮殿へ入ることができましたが、その入口に書かれた文は、今でも見ることができます。OBLITI PRIVATORUM PUBLICA CURATE(私事を忘れ、公事に徹せよ)と。中央大広間には、1628年にジャコメッティにより制作された、富豪の船長で慈善家のミホ・プラツァットの記念碑があります。これは、市民の功績をたたえて建てられた唯一の記念碑です。今日、総督邸は、周囲の広間とともに、骨董家具や古い物品、特にイタリアとクロアチアの名匠による絵画などが展示される、文化、歴史博物館になっています。博物館ではまた、ドゥブロヴニク共和国の貨幣や武器のコレクション、15世紀の薬局"Domus Christi"の道具なども見られます。見た目の美しさばかりでなく、音響においても優れている中央大広間では、コンサートが開かれています。
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